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“ダメだといわれるところが長所。自分の価値観を大切に生きる” ~映画監督・黒沢清が語る映画人生~【前半】

2018/03/07

2017年10月22日(日)、東京・恵比寿にある東京都写真美術館ホールにて、「黒沢清監督が伝授する演出のポイント」が開催された。10月16日(月)から22日(日)まで開催されていた「SSFF & ASIA 2017 秋の上映会」内のスペシャルイベントとして実施された本企画では、最新作『散歩する侵略者』が今秋劇場公開され注目を集める映画監督・黒沢清氏をゲストに招き、黒沢監督のキャリアや、映画論についてトークショー形式で伺った。

当日は台風21号が接近する荒れ模様の天気にもかかわらず、190席の会場は多くの映画ファンで埋まった。本稿では、本イベントの模様と、黒沢監督への個別インタビューをお届けする。

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黒沢監督の半生 怪獣映画好きの少年が映画監督になるまで

Q.はじめに、黒沢監督が映画に興味を持った原点とは?

黒沢:
怪獣映画を映画館で観て育った世代なんです。当時の怪獣映画は、今でいうところのアニメ映画のようなものでしょうか。学校のクラスのみんなが観るような映画で、特別ではなかったですね。ところが今のアニメとだいぶ違うのは、怪獣映画って怖い音楽が流れて、人がバタバタ死んでいく映画なんです。それが、私の世代にとっての映画でした。
中高生のころには、70年代前半のアメリカ映画、特にアクション映画を好んで観ました。70年代前半のアメリカ映画は混乱の時代で、低予算で大ヒットがない代わりに実験的な映画がたくさん作られた時代でした。例えば『ダーティハリー』や『ゲッタウェイ』などです。
アクションは高度なんですが、物語の構造は不可解なまま終わる映画が多いんですよね。どちらがイイモノでどちらがワルモノかもはっきりしないし、主人公が最後にどうなったのかもよくわかりません。私にとっては、その頃の記憶が大きくて、「どこか煮え切らない部分が残らないと映画ではない、すべてをはっきりさせないところが映画だ」という映画観があるんです。

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Q.映画をお仕事にされた経緯は?

黒沢:
映画が仕事かどうかは曖昧なままこの業界に足を踏み入れていました。いまの若い方は就職が人生の大きな分かれ道で就職活動に熱心のようですが、僕らの時代には大学を出ても就職せず人生を模索するのが許される時代でした。なので、映画を仕事として生きるのか特に決断もしないまま、学生時代からやっていた助監督の仕事を続けることになりました。
「映画が職業だ」と言えるようになったのは、つまり映画だけの収入で生きていけるようになったのは40歳を過ぎてからですね。Vシネマをたくさん撮れるようになってから、初めてプロだと意識するようになりました。それまでは、テレビのCMや音楽プロモーション映像の仕事をしながら、たまに自主映画を撮るような生活でした。

Q.将来に不安はなかったですか?

黒沢:
不思議なほど不安はありませんでした。飢え死にするんじゃないかという不安はもうちょっと貧乏だったらあったでしょうが、映画以外の仕事でなんとか生きていけていましたし。逆に贅沢したいという思いは全くなかったです。お金があったとして特に欲しいものはないし、映画に携わって何とか生きていければそれだけで十分でした。

Q.映画を撮ることが自分のライフワークだという点は揺るがなかった?

黒沢:
いい映画と悪い映画の価値観は鮮明にありました。価値観はものすごくはっきりしていて、それがあったのでどんな逆境にも耐えられたと思いますね。

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黒沢監督の映画論 読めるようで読めない。そこに想像力を働かせてほしい。

Q.『CURE』や『ダゲレオタイプの女』など、海外での人気も高い黒沢映画ですが、撮影や脚本でこだわっていることは?

黒沢:
特殊なことをしようとは思っていません。映画のスタンダードをやりたいといつも思っています。
現場の演出で言えば、一人の人間を撮ろうとしても背景にはいろいろなものが映りこむ。その空間をどう使うのかが最大のポイントかな。2人のダイアローグのシーンなら相手の肩が映りこむとか、背景に映るドアから誰かが入ってくるとか。照明やフォーカスなども駆使して次の展開をほのめかすんです。風に揺れるカーテンなどの動きはよく利用しますね。

Q. 黒沢監督の作品は展開が読めない、不思議な違和感があることが多いですが、物語をどのように作っているのでしょうか?

黒沢:
完璧に読めない物語はデタラメです。一方で完璧に読めてしまうと、予定調和的で面白くない。その中間、「読めるようで読めない」物語を意識して作っています。観る人に想像力を働かせてもらえるような作品です。

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Q. 黒沢監督といえばホラー映画。映画の中で音楽はどのように使っているのでしょうか?

黒沢:
観客を安心させるのが音楽の効果の一つです。観ている人の感情を決めるのが音楽ですから、怖そうなシーンで怖い曲をかけてわかりやすいシーンにするというのが基本です。ただ、それははっきり言って誰でもやる。時にはあえて基本を外すこともあります。
よくやるのが、怖いシーンに何の音楽も入れないこと。すると、観客はすごく不安になる。怖いのか怖くないのかわからない。これがいちばん強烈ですね。そしてそのシーンが終わった後で、やっと少しだけ怖い音楽を入れてあげると観客がホッとする。「あ、怖がってよかったんだ」って。ホラーの才能のある監督は、大抵この手を使っています。


写真:杉田 拡彰
構成:大竹 悠介

[後編:「これで最期かと思った」最大のスランプ]に続きます。