【インタビュー】『一粒の麦』モデル 元町の老舗ベーカリー・打木豊さん

【インタビュー】『一粒の麦』モデル 元町の老舗ベーカリー・打木豊さん

横浜市とショートショートが製作したショートフィルム『一粒の麦』。作品のモデルとなったウチキパンは、1888年(明治21年)、横浜・元町にて創業を開始した老舗のパン屋です。作品の感想やお店の歴史やこだわりを工場長の打木豊さんにお話を伺ってきました。

(取材・文:『港町キネマ通り』大屋尚浩)
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表面に軽く焦げ目がついたトーストを二つに折る。パリッ…乾いた音と共に、真綿のような真っ白い生地が顔を出し、ほんのり甘い香りが沸き立ってくる。最初はバターもジャムも何も塗らず、そのままかじって、サクッ…という音を熱々のうちに楽しむのが我が家流。明治21年に横浜元町で創業以来、先代からの製法を忠実に守っている老舗パン屋『ウチキパン』で一番人気の“イングランド”は、地元の人だけではなく全国に大勢のファンがいる。「うちのパンは泣いてないと思うんですが、どうですか?」と、『一粒の麦』を観た工場長の打木豊さんは笑顔でこう尋ねる。

まだイースト菌が発見されていなかった創業時は、それぞれのお店で独自に酵母を作っていた。キリンビールの工場があった横浜では、酵母を作り出す種のひとつであるホップを手に入れやすく、また綺麗な湧き水が数カ所から湧いていた事から、パン作りに適した場所だった。
「種の培養方法に関しては、何よりも大事なもの。だからウチキパンの前身である“ヨコハマベーカリー”で働いていた先代も、教えてもらうのに10年掛かったそうです」
現在、『ウチキパン』ではパン作りに5種類の酵母(種)を使っているが、“イングランド”だけは今でもホップ種を使っている。
「守らなくてはならないものと、変化していかなくてはならないものがある…それを両立させる事が大切」と豊さんは言う。

サブ④
『一粒の麦』の一場面 柄本明さんが老舗パン屋の4代目を演じる

毎日、パンを同じレベルに保つには、温度や湿度によって生地が変わるため、全ては触った感覚が判断の決め手となる。豊さんがお店を本格的に手伝うようになって10年。気づけば先代が暖簾分けしてもらった年数と同じ時間が経過していた。
「以前、横浜に住んでいて、よくウチのパンを食べていたというお客様がいらっしゃったんです。その方に、久しぶりに戻って来たけど、昔と同じ味で懐かしかった…と言われた時、自分は変わらずに出来ているのだと知って、嬉しかったです」
一度、離れたからこそ分かる良さがある。これって実は、とても大切な事ではないだろうか。それは街も同じで、景色が変わっても、昔遊んだ公園が変わっていないと、ホッとする…そんな小さな感動の積み重ねで、地域は形成されていくのだと思う。

サブ⑩
実際のウチキパンをお借りして撮影が行われた。※劇中では「ホンダパン」

元町には100年以上も続いているお店が多い。
「お爺さんや父親同士が知り合いで、僕も幼稚園の同級生が商店街に3人います。みんな古くからやっている店の跡取で、子供の頃から続けていくものだ…という使命感がありましたから、一緒に頑張ろう!という一体感が自然と生まれましたね」
それぞれの時代で文化や流行を数多く発信して来た元町も、最初は八百屋や肉屋が軒を連ねる普通の商店街だった。それを豊さんのお父さん世代が苦労して街を変えて行ったのだ。
「電線の地中化を日本で初めてやったのも元町なんです。狭かった歩道も商店街全ての店が少しずつセットバックして広げてくれたんです」
確かによく見ると壁面より1階部分だけヘコんでいる事に気づく。全店舗の所有者たちが、街全体が良くなる事を優先に考えて、自分の土地を提供してくれたのだ。

現在、元町の街づくり企画委員長も務める豊さんは、お隣の中華街とはライバル関係にありながら、お互いに刺激し合いながら、それぞれの良さを伸ばしていきたいと語る。
「僕たちは短期的に人を集めるのではなく、10年20年先を見ながら街づくりを考えなくては…と思うんです」今度で第4期となる街づくり計画。いつか、商店街の横を流れる中村川に桟橋を作って、水上交通を走らせたいと夢を持つ。
「昔はこの川を使って千葉の方から行商の人たちが野菜とか魚を船で運んで石川町の駅前で売ってたんですから」
街は生きている。時代に合わせて緩急自在にカタチを変えながら、今を作り上げて行く。もし、良い街の定義があるとするならば、そこに暮らす人々のリズムに寄り添った変化をしている街のことだと思う。元町商店街は、そこに暮らす人々が、古い文化を守りつつ、新しい文化も積極的に取り入れている、まさに良い街…と言えるのではないだろうか。

環境未来都市として、新しい街や暮らしを未来の子供たちにどう残していくか?を見据え、今まさに横浜は様々な計画に取り組んでいる。
「街づくりには完成形は無いので、その時々の流れを読んで、常に先の事を考えながら、ちょっとずつ変えていきたいと思いますね」
今回、豊さんのお話しを聞いて、最後に思うのは、街は決して国や行政が作るものではない…そこに暮らす人々が作るものという事だ。

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2月10日、ブリリア ショートショート シアターにて行われた完成発表会。写真右が打木さん

(取材・文:『港町キネマ通り』大屋尚浩)

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ウチキパン株式会社 工場長 打木豊

Yutaka Uchiki

■お店情報
ウチキパン
ウチキパンは、初代打木彦太郎が明治21年、元町にて『横浜ベーカリー宇千喜商店』として創業を開始した、老舗のパン屋さん。
住所:神奈川県横浜市中区元町1-50(地図)
TEL:045−641−1161 営業時間: 9:00〜19:00 定休日:月曜日
http://www.uchikipan.com/

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『一粒の麦』はWEBにて全編公開中

『一粒の麦』
監督:鈴木 勉
出演:シャーロット・ケイト・フォックス / 樋井明日香 / 鈴木夢奈 / シリル・コピーニ(声の出演)/ 柄作品時間:17分59秒
http://www.shortshorts.org/yokohamamirai/
横浜の歴史あるパン屋に、突然やって来たフランスのパン職人、絵里子。「このパン、泣いてる」と店主の本多に詰め寄る。年老いて頑固な本多と自由奔放な絵里子は相容れない。反発しながらも、パン作りを通して少しずつお互いを認め合うふたり。そして「日本で最初のパンのレシピ」を探すという、絵里子が横浜を訪れた真の目的は、ふたりの人生を思わぬ方向へと導いていく。時間と国境を越えた、横浜ならではの物語がここに。